人生に開き直っている

僕は人生に開き直っている。

開き直っているからこそ、これといった計画もないまま会社を辞めて、同時に縁もゆかりもない札幌への移住もした。

そのための準備は色々したものの、根本的には「もうどうなってもいいや」という開き直りがある。

補足すると、「あのまま東京周辺でフルタイムの会社員として疲弊していく生活を続けるぐらいなら、もうどうなってもいいや」というところ。

 

13年間に渡ってほぼ東京周辺で会社員を続けてきたけど、僕は会社員に向いていないらしくて、とにかくしんどかった。

波はありつつも、歳を取るにつれて基本的にはしんどさが増していった。時おり「会社員として頑張ってみよう」とモチベーションを上げて勉強に励んだ時期もあったものの、状況は変わらなかった。向いてない場所で無理をして、ますます疲弊の色を濃くする結果に終わった。

スキルではなく働き方の問題なんだよな。だからスキルを上げたところで意味がない。ほんの少しは裁量が増してやりやすくなった部分もあるものの、大勢に影響はない程度だ。

 

「このままだと、俺の人生は右肩下がりだな。人生って一度しかないのに、それでいいんだっけな」と思い、そのうち会社は辞めると決めて(いつかは未定)、会社を辞めるための準備として生活費を下げたり投資をしたり等はしていた。

そうやって準備をしつつも、なかなか踏ん切りがつかなかった。「40歳までに3000万円ぐらい貯めてから辞めようかな」なんて漠然と考えていたこともある。その他にも、45歳4000万円案なども頭の中に浮上していたけど、どの案で行くかは決めていなかった。

 

なんてことをやってるうちに2021年、36歳になり、仕事で過去最高のトラウマレベルにストレスフルな状況に追い込まれた。それとほぼ同時に、闘病中の母親がこの世を去った。僕は母を愛していた。いや、今でも愛している。この世で自分の命よりも大切に思える唯一の存在だった。

今まではどうしても実感を持って想像できなかった「自分の死」というものを、母の死を通して想像できるようになった。死んだら本当にこの世からいなくなるという無常な現実も、同じく母の死を通してようやく実感できた。

どうせ自分も死ぬし、死んだら終わりだし、人間一人の人生なんて短いんだから、嫌なことを我慢しながら右肩下がりに生きててもしょうがない。トラウマレベルのストレスフルな状況に時間を捧げるなんて論外だ。もう好き勝手に生きよう。よし、決定。

 

そして僕は開き直った。

そこからは早かった。トラウマレベルな仕事の状況が2021年4~7月。母との死別が2021年7月。2021年9月には年内の退職と移住を決めた。そして2021年12月末には、会社を辞めて札幌に移り住んでいた。

「計画もないまま会社を辞めて、同時に札幌にも移住して、不安じゃなかったの?」と聞かれることが度々ある。回答は、「さすがに不安はあったし、今もある。でもまあ、どうでもいいや。なるようになるでしょ」と開き直っている。

「行動力がすごいね」と褒めていただけることもあるのだけど、自分自身としては行動力というよりも、ただ開き直っているだけだ。後先のことをあまり考えていないから、一見すると大胆に見える行動が取れてしまう。純粋な行動力という意味では、僕は低いと思っている。基本的にインドアで、覇気がなくて、億劫に感じることはサボりがちでゴロゴロしてるのが好きだ。

 

実はこのブログやYouTube発信を再開する前は、開き直り効果が薄まっていた。やっぱりお金に対する不安はあるから、「1,2年でもまたフルタイムで再就職して資産増やそうかな」と思っていた。

しかし残念なことに、発信活動を再開し、過去を振り返って共有したり、心境を整理して喋ったりしているうちに、また開き直ってきてしまった。

「どうせ死ぬし、いつ死ぬか分からないし、死んだら終わりだし、なら好きにすればいいや」という気持ちが強い。

ということで、僕は今後も好きにのんびり生きてこうと思う。