このご質問へ詳細に回答するには10万文字ぐらい(文庫本1冊相当)を使って僕の半生を書いていく必要があり、今まさにそういう文章を毎日少しずつ書いています。
でもここでは色々と要約しつつ、短くまとめて書いてみます。
いつから自由になりたい願望が芽生えた?
自由になりたいというよりも、アレコレと指図されて自分の考えと違うことをやらされるのが嫌になってきたのが、中学二年生ぐらいの頃からですね。
中二病による一時的な症状なのかと思いきや、40手前の今でもそういう人間性のままです。
良く言えば「自分の考えがある」、悪く言えば「頑固で協調性がない」です。
もう良い言い方だけに意識を向けて、開き直ってます。
僕から言わせてもらえば、なぜたいして考えないまま思考も行動も周囲に同調していられるのかのほうが疑問であり、自分はただ普通にしているだけのつもりです。
でもその自分にとっての普通が世間とは合わないのだと散々経験してきたし、色々と面倒くさいし、疲れたし、のんびり散歩したりサイクリングしたり読書してたいので、もう世間のマジョリティな世界からは離脱しました。
個人事業主願望があったのに13年間も会社員を続けられた要因は?
個人事業主願望は特にないですね。個人でも会社でも、経営者だろうと労働者だろうと、事業なんて面倒くさいのでやりたくないです。
面倒くさいので世の中とあまり深く関わりたくないです。
あと、お金を稼ぐことを考えるのが苦手です。稼ぐより使わないほうが楽だから節約しようと思うダメ人間です。
とはいえ組織に拘束されるよりは個人で何かやるほうがマシと思えるので、今は個人事業と呼ぶのもおこがましいレベルのことだけ(ブログとYouTubeで月数万円レベルの収入)やってます。
もう少し他の領域でもやりたいと思えることを見つけて、月平均で5万円ぐらいの収入は得たい気持ちはあります。
でもこれといって見つからないので、仕方なく株の値上がりを祈ったり、単純作業バイトをたまにしてます。
僕が興味を持てそうで、やれそうな個人事業の案があったら教えてください。
ちなみに「本を書く」には興味があるので、一庶民の僕が世間からドロップアウトして今に至る半生をネタに書いてます。
でもそれがたいしたお金になるはずはなく、書きたいから書いてるモチベのほうが強いですね。
個人事業に対する見解はそんな感じです。
という見解を踏まえた上で「なぜ13年間も会社員を続けられたのか?」への回答を端的に言えば「諦めと惰性」です。
最初の何年かは「諦め」です。
世の中を知らないバカな若者だったので「働く=会社勤め」という無意識の思い込みがありました。
だから会社勤めを続ける以外に生きていけないと思い込み、鬱々としながら続けてました。
とはいえ歳を重ねて知識も増えるに従い「働く=会社勤めとは限らない。他にも働き方は色々ある。要は何かしらの手段でお金を稼げばいい」と理解はしました。
でもその頃には転職しており、会社員としては比較的自由にやれる環境にいました。
それでも結局は会社員なので色々としんどかったけど、良くも悪くも適応できてしまっていたので、「惰性」で続けてました。
惰性で生きてる中で肉親との死別があったりして、時間の無情さを痛感して、もう惰性で生きるのは辞めようと決めて今に至ります。
もう開き直って自分が思う通りにしようと決めて生きてたら、ほぼ無職みたいな生活になってました。
過去の労働で精神疾患に掛かったことはある?
書類の上では、3社目に勤めてるときに「適応障害」と診断されました。
でも自覚としては、そんな障害と言うほどの状態でもなかったです。
障害とは関係なく休職することになり、一応メンタルヘルスへ行けと会社から言われたので行ったら診断を受けました。
でも当時は仕事外では普通に元気でアニメに没頭して爆笑してたりしましたし、仕事に対しても右脳で感情的に嫌になってるというよりも、左脳で組織からの無意味に思える束縛や理不尽にウンザリして嫌になってる感じでした。
むしろ新卒で勤めた1社目の時に、今思い返すと適応障害あるいは鬱病になりかけてた時期はあったと思えます。
その時は病院に行ってないので診断は受けてませんけど、上述の3社目の時と比べてはるかに右脳で鬱々としてました。
仕事に行くことを考えたくなくて、休日は朝から酒を飲んでるような状態でした。
あれは病院に行けば確実に適応障害、もしかしたら鬱病あるいはアルコール依存症の診断を受けたと思えます。
転職せず1社目のまま仕事を続けていたら、完全に鬱病になり今も療養してる可能性があります。転職してよかったです。
以上です。
ご質問ありがとうございました。
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